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東京高等裁判所 昭和61年(ネ)2792号 判決

昭和六一年(ネ)第二七九二号事件被控訴人

同年(ネ)第二八三九号事件控訴人

(以下「第一審原告」という。)

丁A夫

右訴訟代理人弁護士

小出耀星

昭和六一年(ネ)第二七九二号事件控訴人

同年(ネ)第二八三九号事件被控訴人

(以下「第一審被告」という。)

甲山B子

甲山C美

乙川D代

乙川E雄

甲山F郎

甲山G介

甲山H江

右第一審被告ら訴訟代理人弁護士

鎌田俊正

同年(ネ)第二八三九号事件被控訴人

(以下「被控訴人」という。)

甲山I作

右訴訟代理人弁護士

関澤潤

主文

一  第一審被告らの各控訴及び第一審原告の控訴をいずれも棄却する。

二  原判決主文第二項のうち「それぞれ一ヶ月金一六万円の割合による金員を支払え。」とあるを「それぞれ一ヶ月金一六万円の割合による金員を、ただし、第一審被告乙川D代及び同乙川E雄、また同甲山F郎、同甲山G介及び同甲山H江はそれぞれ連帯して支払え。」と更正する。

三  昭和六一年(ネ)第二七九二号事件の控訴費用は第一審被告らの、同年(ネ)第二八三九号事件の控訴費用は第一審原告の各負担とする。

理由

第一第一審被告らに対する請求について

(主位的請求)

一  請求原因1について

1 被控訴人I作が本件建物につき東京法務局港出張所昭和五三年一一月一五日受付第三四四一五号の同人単独所有名義の所有権保存登記を経たこと及び本件1ないし4建物が本件建物の三ないし六階部分であることは当事者間に争いがない。

≪証拠≫及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

(一) 本件建物の敷地である本件土地は甲山J平が賃借権を有し、その上に旧建物を所有していたが、同人が昭和三一年五月一七日死亡したことにより、同人の相続人である被控訴人I作ら六名(第一審被告甲山C美はその妻、その余は子であり、被控訴人I作は長男)が本件借地権及び旧建物の所有権を取得し、本件借地権は同人らの準共有、旧建物は共有となつた。

J平の死後、被控訴人I作は旧建物の一部を賃借して株式会社マシンツールを経営し、第一審被告甲山B子は旧建物の一部を賃借してスナツクをし、第一審被告甲山C美は右賃料等で生活し、同甲山F郎、同甲山G介は右会社で働いていた。

(二) 被控訴人I作ら六名は、昭和五一年六月頃旧建物を取り壊して本件土地上に三〇〇〇万円位で軽量鉄骨造三階建の建物を建築することを話合い、被控訴人I作、第一審被告甲山F郎、同甲山G介の三名はその建築資金に充てるために三和建物の積立式ビルクレジツトに加入して同年八、九月頃から毎月各一六万五〇〇〇円の積立てを開始した。

(三) その後、昭和五二年春頃第一審被告甲山F郎、同甲山G介は資金が続かなくなり、一方、被控訴人I作は住宅ローンサービスから建築資金を借りて賃料収入により借入金を返済することにより高層の鉄筋ビルである本件建物を建築することが可能であると考えるようになつたため、右積立ては同年五月分を最後に中止された。

(四) 高層の鉄筋ビルを建築するには相当の資金を必要とするところ、その借入れ、返済の能力のあるのは被控訴人I作だけであつたため、専ら同被控訴人が単独で計画を進め、本件建物を建築することとなつた。その際、第一審被告中相続人らは、旧建物を取壊して本件建物を建築すること及びそのため本件借地権を無償で使用すること、被控訴人I作が本件建物の注文者等となることについて異議はなく、建築費用の調達は被控訴人I作が行うものとし、ただ、右相続人らが本件建物を使用できることが当然の前提とされていた。なお、当時本件借地権の価格は六〇〇〇万円を下らないものと評価されていた。

(五) 被控訴人I作は、建築資金を約九〇〇〇万円と見込み、その三分の二は住宅ローンサービスからの借入金を充て、三分の一は自己所有等にかかるマンシヨンの売却代金、預金、前記ビルクレジツトの解約金(別紙記載の第一審被告甲山F郎、同甲山G介の出捐分を含む。)、第一審被告甲山B子が協力して出捐した二〇〇万円等を充てることとした。

(六) 被控訴人I作は、昭和五二年一〇月三一日三和建物に対して代金七三〇〇万円で本件建物の建築を注文し、これを請負つた同社はその頃旧建物を取り壊し、本件建物の建築を開始した。

(七) 被控訴人I作は、昭和五三年一月一日本件土地の所有者である光和との間で、権利金三〇〇万円を支払い、本件土地について従前の契約を堅固建物所有を目的とする賃貸借契約に変更することの同意を取り付け、被控訴人I作を賃借人と記載した賃貸借契約書を作成した。しかし、光和は、J平の相続人である被控訴人I作ら六名が借地人であると考え、昭和六二年六月二一日改めて第一審被告中相続人らとも賃貸借契約書を取交わした(本件借地権は前記のとおり被控訴人I作ら六名の準共有であつたのであるから、被控訴人I作による右契約書の作成は、結局、同被控訴人が右六名を代表して賃貸借契約を締結したものであり、後者は右のことを明確にしたものと認められる。)。

(八) 被控訴人I作は、昭和五三年八月二八日住宅ローンサービスから本件建物の建築資金として合計六〇〇〇万円を借り受け、同被控訴人の当時の妻であつた甲山K子(現在の丙谷K子)が右消費貸借契約に基づく債務につき連帯保証し、更に右会社との間で本件建物について抵当権を設定することを約し、三和建物に対し、追加工事代金を含め、工事代金等として約七七三五万円を支払つた。

(九) そして、被控訴人I作は、昭和五三年一〇月三一日三和建物から完成した本件建物の引渡しを受け、前記のとおり所有権保存登記をしたが、その直後頃から第一審被告中相続人らとの間で本件建物の所有権等をめぐつて紛争が生じた。

以上の事実が認められ、乙第七号証の一ないし二九、第一六、第一七号証はその支払いの趣旨が必ずしも明確ではないので、右認定を左右するには至らず、右認定に反する甲第三一号証、乙第一、第二、第五、第六、第三三(丙第二七)、第五六号証中の記載部分は、前掲各証拠に照らし、にわかに措信することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

2 右認定の事実によれば、被控訴人I作が注文者となつて本件建物の請負契約を締結し、建築費用は同被控訴人が調達、負担し、同被控訴人に引き渡されたものであるから、本件建物は同被控訴人の所有に属するというべきである。なお、第一審被告中相続人らの本件借地権の準共有持分が被控訴人I作に譲渡されたことを認めるに足りる証拠はないが、少なくとも同被控訴人が単独で本件建物を建築することについて第一審被告中相続人らに異議がなかつた以上、本件建物の敷地として本件土地を使用することについて準共有持分権者である右相続人らの黙示の承諾があつたものというべきであり、被控訴人I作は右相続人らの借地権の準共有持分上に本件建物所有を目的とする使用貸借権類似の権利の設定を受けたものと認めるのが相当である。

3 これに対し、第一審被告らは、共同相続人間において本件建物を新築することを共同事業とする組合が成立し、被控訴人I作が代表して権限を行使したから、本件請負契約も同被控訴人が代表して締結したものであるなどと主張する。

しかしながら、本件建物の建築が被控訴人I作ら六名の組合による共同事業であつたことを認めるに足りる証拠はなく、かえつて、前記認定の事実によれば、当初の計画はともかく、本件建物の建築の段階からは被控訴人I作が単独で注文し、住宅ローンサービス等の金銭消費貸借契約の締結も専ら同被控訴人が自己の責任においてしていることは明らかであるから、第一審被告らの右主張は認めることができない。

また第一審被告らは、被控訴人I作の単独所有のビルを建築する計画であるならば、第一審被告中相続人らにとつて何らの利点もないから、同人らが右計画に同意するはずがない旨主張する。

しかしながら、前記認定の事実によれば、本件建物は被控訴人I作の所有に属するとはいえ、本件借地権の準共有持分権者である第一審被告中相続人らは被控訴人I作の建築を承諾しその建築に協力することによつて、従来より快適な本件建物の一部を被控訴人I作から借り受けてこれを使用することが予定されていたのであるから、右相続人らにとつて利点がないとはいえないというべきである。したがつて、右の主張も理由がない。

二  請求原因2の事実中、被控訴人I作が本件1ないし4の建物について東京法務局港出張所昭和五三年一一月一五日受付第三四四一五号抵当権設定登記をしたことは当事者間に争いがなく、同2のその余の事実は前掲各証拠(殊に前掲丙第二四、第二五号証)によつて明らかである。

三  請求原因4の事実中、被控訴人I作を除く第一審被告らに関する事実は当事者間に争いがない。

四  請求原因6の事実は、≪証拠≫によつてこれを認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

五  区分所有権売渡請求の抗弁について

本件土地はもと甲山J平が、その所有者である光和から賃借していたが、昭和三一年五月一七日甲山J平の死亡により被控訴人I作ら六名が本件借地権を相続したことは当事者間に争いがない。

しかし、前記認定の事実によれば、第一審被告中相続人らが、本件請負契約等に際し、本件借地権の準共有持分権を喪失したとの事実は認められないから、再抗弁1は理由がない。

そこで、再抗弁2に関連して第一審被告中相続人らが建物区分所有権法一〇条により本件1ないし4建物の売渡請求権を有するか否かについて検討する。

前記認定のとおり被控訴人I作ら六名は本件借地権を準共有していたところ、第一審被告中相続人らと被控訴人I作は本件建物の建築に際し、第一審被告中相続人らの本件借地権の準共有持分について使用貸借類似の契約を締結したことが認められるから、第一審原告は、前記競売により本件1ないし4建物の区分所有権とともに被控訴人I作の有する本件借地権の準共有持分権と第一審被告中相続人らの右借地権の準共有持分権上の使用貸借権類似の権利を取得したものと認められる。

もつとも、≪証拠≫及び弁論の全趣旨によれば、第一審原告は地主の光和から本件借地権の譲渡について承諾を得られず、法定の期間内に借地法九条の三の手続をしなかつたことが認められるので、第一審原告は本件借地権の準共有持分の取得をもつて光和に対抗することはできず、また右使用貸借権類似の権利の取得をもつて当然に第一審被告中相続人らに対抗することもできない。

しかしながら、光和に対する関係は別として、第一審原告と第一審被告中相続人らは、現在、本件借地権について、被控訴人I作の準共有持分を取得した第一審原告とその余の持分を有する第一審被告中相続人らとがこれを準共有している関係にあるものと解される。

ところで、借地権自体に基づいて妨害排除を請求することができるかどうか問題であるが、仮にこれを肯定するとしても、共有物の持分の価格が過半数をこえる者でも、共有物を単独で占有する他の共有者に対し、当然には、その占有する共有物の明渡を請求することができないと解されるから、本件借地権の準共有持分に基づいて本件1ないし4建物を所有してその敷地である本件土地を利用する第一審原告に対し、第一審被告中相続人らは、当然にはその本件借地権の準共有持分に基づいて右建物の収去を請求することはできないというべきである。もつとも、第一審被告らは、昭和六三年九月二〇日準共有持分権の過半数で第一審原告の敷地利用権を排除する決議をした旨主張するが、仮にそのような事実があつたとしても、それだけでは第一審原告の本件借地権の準共有持分に基づく本件1ないし4建物の所有による本件土地の利用を排除してその収去を求める理由とはなり得ないと解されるから、右の主張はそれ自体失当である。

そうすると、第一審被告中相続人らが第一審原告に対し右建物の収去請求権を有することを前提とする第一審被告らの第一次的区分所有権売渡請求はその余について判断するまでもなく、理由がない。

次に第一審被告らは、第二次的に、本件借地権の準共有持分権者である第一審被告中相続人らは地主である光和に代位して第一審原告に対し自己に本件1ないし4建物を収去するよう請求することができるから、右収去に代えて自己に建物区分所有権法一〇条の規定による右建物の売渡しを請求する旨主張する。

右主張は、光和が第一審原告に対して有する建物区分所有権法一〇条の規定による右建物の売渡請求権を、第一審被告中相続人らが光和に代位して行使し、しかも自己に売り渡すべきことを請求するという趣旨であると解されるが、そもそも借地権者又は借地権の準共有持分権者である債権者が地主である債務者の有する借地権の目的地上の建物に対する右規定による売渡請求権を代位行使することが許されるかどうかは疑問があるばかりでなく(けだし、民法四二三条の規定により債務者の権利を代位行使するには、その権利の行使により債務者が利益を享受し、その利益によつて債権者の権利が保全されるという関係が存在することを要するが、右のような場合において、借地権者又は借地権者の準共有持分権者である債権者が地主である債務者の有する右建物の売渡請求権を代位行使することにより保全しようとする債権は右建物の敷地の借地権又はその準共有持分権(土地の利用権)であるところ、右代位行使により債務者の受けるべき利益は右建物の所有権の取得であり、これによつては右建物の収去土地明渡を受ける場合のように債権者の借地権又はその準共有持分権(土地の利用権)が保全されることになるものではないからである。)、代位権の行使として右建物を債権者自身に売り渡すべきことを請求することは、右債務者の有する売渡請求権が本来建物の収去権を有する債務者自身に当該建物の所有権を取得させる権利であることに徴すれば、代位権の行使として許容される範囲を逸脱するものであつて(右のような債権者は、建物収去土地明渡請求の場合には、建物所有者に対し債務者に建物を収去して土地を明け渡すことを求め、更に債務者に対し自己に右土地を引き渡すことを求める代わりに、直接自己に建物を収去して土地を明け渡すよう求めることも債権の保全のために相当として許されるものと解されるが、建物売渡しの請求の場合には、そのような関係にはない。)、許されないものというべきである。したがつて、第一審被告中相続人らは地主である光和に代位して第一審原告に対し自己に本件1ないし4建物を売り渡すべきことを請求することは許されないものというべきである。

また、仮に右主張の趣旨が、第一審被告中相続人らは、光和に代位して第一審原告に対し自己に右建物の収去を請求することができるから、みずから建物区分所有権法一〇条の規定により右建物の売渡請求権を有し、その請求権を行使するということであるとしても、他人である債務者の有する建物収去請求権を代位行使するにすぎない債権者が右規定にいう「収去を請求する権利を有する者」に当たるかどうかには疑問があるばかりでなく、本件においては、前述のとおり、第一審被告中相続人らは、本件借地権の準共有持分に基づいては、同人らとの関係においては右借地権の準共有持分権者である第一審原告に対して右建物の収去を請求する権利を有しないのであり、したがつて、右のような借地権の準共有持分権(債権)を保全するために光和に代位して第一審原告に対して右建物の収去を請求することも許されない(右準共有持分権は、第一審原告との関係では、保全されるべき債権としての適格を欠く。)ものと解するのが相当であるから、右建物の収去請求権を有することを前提とする売渡請求も許されないものというべきである。

したがつて、区分所有権売渡請求の抗弁は理由がなく採用することができない。

六  以上のとおりであるから、第一審原告の第一審被告らに対する主位的請求は、賃料相当損害金に対してさらに遅延損害金の支払いを求める部分を除き(ただし、本件3建物の共同占有者である第一審被告乙川D代及び同乙川E雄、同4建物の共同占有者である同甲山F郎、同甲山G介及び同甲山H江はそれぞれ連帯して賃料相当損害金の支払義務を負う。なお、第一審原告は第一審被告らに対抗しうる本件土地の敷地利用権を有しないから第一審被告らには賃料相当損害金の支払義務がないとの主張は、前述の理由により、理由がないから失当である。)理由がある。建物の不法占有による損害は賃料相当額の支払いをもつて填補されるものと考えられるから、特段の事情のない限りこれに対する遅延損害金は請求することができないものと解するのが相当であり、本件において右特段の事情を認めるに足りる証拠はないから、右請求は理由がない。

第二被控訴人I作に対する請求について

次のとおり付加、訂正するほか、原判決の理由中の説示(原判決一八枚目裏一行目冒頭から同一九枚目裏五行目末尾まで)記載のとおりであるから、これを引用する。

原判決一九枚目表一行目の「とおりである」を「とおりであり、前述のとおり、第一審被告中相続人らは当初被控訴人I作との間で本件建物の一部を使用する予定であつたことが認められ、また甲第二号証、第二九号証中には第一審原告の主張に沿う記載があるが」に、同二行目の「成立に争いのない丙第二六号証の一」を「前掲丙第二六号証の一、第三〇号証並びに弁論の全趣旨」にそれぞれ改め、同二行目の「被告らは、」の次に「本件建物の完成後まもなく、本件建物の所有権を主張するなどして被控訴人I作と争うようになり、」を、同五行目の「あつて、」の次に「甲第二号証、第二九号証の記載は当時の第一審被告らの主張するところによつたものと認められるから」を、同六行目の「これをもつて」の次に「直ちに」をそれぞれ加える。

第三結論

そうすると、第一審原告の本訴請求は、第一審被告甲山らに対する主位的請求のうち本件1ないし4建物の明渡及び右明渡済みまでの賃料相当損害金の支払いを求める限度で理由があるから、この限度で認容すべきであり、その余の請求及び被控訴人I作に対する請求はいずれも失当であるからこれを棄却すべきである。

よつて、これと同旨の原判決は相当であつて第一審被告ら及び第一審原告の本件各控訴いずれも理由がないからこれを棄却することとし、原判決主文第二項中の乙川D代、同乙川E雄、同甲山F郎、同甲山G介及び同甲山H江にそれぞれ一か月金一六万円の割合による金員の支払いを命じた部分は、それぞれの連帯関係が明らかでないので本判決主文第二項のとおり更正

(裁判長裁判官 越山安久 裁判官 鉄木經夫 浅野正樹)

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